Vol.260 12月 老に至りて娯しみを増す
老に至りて娯しみを増す
このコーナーでも何度か紹介したことがある『養生訓』。江戸時代の儒学者・貝原益軒さんが書いたこの本は、なんと300年も読み継がれている超ロングセラーです。
健幸・長寿を自ら体現した益軒さんの「健幸のコツ」を、あらためて学んでみたいと思います。
今回のテーマ「老に至りて娯しみを増す」とは、益軒さんが65歳のとき、自画像を前にして記した一句です。
この言葉のとおり、お酒をこよなく愛し、22歳年下の愛妻と一緒に各地を旅しながら200冊もの著作を書き上げるという晩年を過ごしました。
『大和本草』(日本最初の薬学書)や『楽訓』『養生訓』などの大著も、80歳を超えてから書き上げられたものです。
人生前半でのいろいろな経験や勉強の蓄積が、前項で述べたような内面の自然な変容と相まって、益軒さんの晩年はまさに「老に至りて娯しみを増す人生」になったんですね。
益軒さんは「こうして人生の後半を幸福に過ごすことは、誰でもできますよ」ということを『養生訓』を通して、さまざまなアドバイスと共に訓えてくれているわけです。
静かに、ゆっくり、シンプルに
これまでこのコーナーで紹介してきた「内欲をほどほどにおさえる」「外邪から身をまもる」「飲食や環境など日常の生活習慣で氣を養う」という養生のアドバイスにくわえて、益軒さんが「人生の後半において、とくにこころがけたい養生法」として述べていることがあります。
「こころは、つねにゆったりと静かでいること。そのためには、呼吸を静かにして、話すときは急がずにゆっくりと、口数も少なくし、動作も静かにおこなうとよい」(巻第二)
「用事はなるべく省いてシンプルにしなさい。用事が多くなれば、そのぶん氣をたくさん使うから、本当のこころの楽しさがわからなくなる」(巻第八)
順天堂大学教授の小林弘幸さんによると「自律神経のバランスは、ゆっくりした呼吸や動作で調うことがわかっている」そうです。
こころと呼吸とからだ(行動)はつながっているので「静かで、ゆっくりした」呼吸や動作は、そのままこころの安定になるんですね。
用事をなるべくシンプルにすることで、こころをシンプルにたもつことができるのも、おなじ理由からでしょう。
人生の後半では「静かに、ゆっくり、シンプルに」がキーワードになるようです。
娯しみを増す秘訣「どちらでもよい」
「若さをたもつには、毎日3人以上の人と会話するといい」と言っていた知人がいます。
現在70代後半で、退職後は人と会う機会も減るいっぽうだったこともあってか、積極的にいろいろな場所へ出かけては「1日3人のノルマ」を頑張ってこなしていました。
ところが、さいきん少し疲れ氣味の様子が氣になって、声をかけてみたところ「ノルマをこなさなければ、という氣持ちが辛くなってきた」というのです。
そこで、前述した益軒さんのアドバイスを伝えてみました。
「静かに、ゆっくり、シンプルに、が大事らしいですよ。それに、口数を少なくすると氣が減らない、とも書いてありました」
知人は、それから「ずいぶん氣がラクになった!」といって、ノルマを大幅に減らし(笑)とても元氣になりました。
毎日、誰かと話ができて、それが刺激になるようならそれもよいでしょう。
でも、もし話す機会がなかった日でも「今日は氣を消耗せずに済んだ」と考えたら、それもまたよいのではないでしょうか。
どちらでもよい、という「やわらかいこころ」も「老に至りて娯しみを増す」秘訣だと思います。
〈『養生訓』関連箇所(現代語訳)〉
人生の後半では、自分のこころの楽しみだけに氣をつかい、ほかのことによけいな氣をつかわないことがたいせつである(巻第八)
参考文献
『養生訓』 貝原益軒
『なぜ、「これ」は健康にいいのか?』小林弘幸 著(サンマーク出版)
『1分間養生訓』帯津良一・鳴海周平 著(ワニ・プラス)