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Vol.291 7月 問題を解決しない智慧


問題を解決しない智慧

仏教には「般若の智慧」というのがあるそうです。「般若」はもともと智慧という意味なので「智慧の中の智慧」という感じかもしれません。さて、一般的な知恵とは少し違う「般若の智慧」とは?
 


 

「般若の智慧」 第二の智慧・問題を解決しない智慧

 世間一般では「どうしたら問題を解決できるか」と考えるところを、般若の智慧では「問題を解決しようとはしない」のだそうです。
 作家のひろさちやさんは『「損する生き方」のススメ』という著書のなかで次のような例を述べています。

 「中国の唐代の禅僧・無業和尚に「莫妄想」という有名な言葉があります。考えてもわからない問題については「妄想する莫れ」という教えです。
 たとえば『往生要集』を書いた天台宗の僧・源信には子ども時代のこんなエピソードがあります。あるとき、近所のおとなから「坊やは、お父さんとお母さん、どっちが好き?」と聞かれたといいます。すると、そのときセンベイを食べていた源信少年はそのセンベイをふたつに割って、「おじちゃんはこのふたつのセンベイのどっちが美味しいと思いますか」と言い返したというのです。
 両親のどちらが好きかなんて、答えられる問いではありません。だから、源信少年は答えられない問いに、答えられない問いで問い返したわけです。(中略)
 空港へ行ったところ、自分の乗る飛行機が定刻に飛ばないことが判明した。そのとき、なぜ飛べないのか、われわれが考える必要はありません。専門家が飛べないと判断したから飛べないのです。そのとき、乗客のひとりが「これくらいの天候なら飛べるはずだ」といったら、ほかの乗客が納得すると思いますか。そんなことは絶対にありえない。専門家が「飛べない」といったら飛べません。だから、そうした問題には「莫妄想」でいくべきなのです。考えても仕方がない問題は考えない。放っておけ、ということです。
 アメリカ発の経済危機が波及した日本経済はこれからどうなるのか。そんなことは分かりません。いつ関東地方に直下型地震がくるのか。それも分からない。だから、そういう問題は「莫妄想」でいいのです。

 

災難から逃れる方法

 ひろさちやさんのお話を読んで、僕は江戸時代の禅僧・良寛さんが、大地震で被災した親友へ宛てた見舞いの一節を想い出しました。

 「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候、死ぬ時節には死ぬがよく候、これはこれ災難をのがるる妙法にて候」

 起きてしまったことを変えることはできないのだから、起こったことには「そういう時期だったんだな」と腹を括って、現実をそのまま受け入れる。すると、こころを無駄にすり減らさずに済む。人間はいつか必ず死ぬ運命なのだから、そのときが来たらジタバタせず天命を受け入れる。そうした覚悟をもてば、考えてもしょうがないことは考えずに済み、結果としてこころが安らかになる悟りの境地となる。これが災難から逃れる方法である……「逢う」という字が「巡り逢う」の「逢う」になっていることも、運命という大きな流れに身を委ねることのたいせつさを、良寛さんは伝えたかったのかもしれません。

 そもそも、生まれてきたこと自体、僕たちが考えたことではなく、大きな流れのなかでのできごとだと氣づくと「問題を解決しない智慧」は、自然界の法則に身を委ねて、ほんらいの自分に還るための智慧ともいえそうです。

参考文献 『損する生き方』のススメ(フォレスト出版) ひろさちや・石井裕之 著

 

 

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