Vol.290 6月 損をする智慧
損をする智慧
仏教には「般若の智慧」というのがあるそうです。「般若」はもともと智慧という意味なので「智慧の中の智慧」という感じかもしれません。さて、一般的な知恵とは少し違う「般若の智慧」とは?
「般若の智慧」 第一の智慧・損をする智慧
「損をする」という言葉を聞いて「なるべく損をしないようにしなくては」と身構えてしまうのが一般的な知恵だとしたら、「自分はどの程度の損をできるのだろうか」と考えるのが「般若の智慧」の第一の知恵「損をする智慧」なのだそうです。
作家のひろさちやさんは『「損する生き方」のススメ』という著書のなかで次のような体験を述べています。
(インドの旅で)私は町へ買い物に出て、「千ルピー」といわれた紅茶を三百ルピーまで値切ったことがあります。値下げの交渉は面白いなと思いながら三百ルピーで買ったところ、すぐあとに女の人が買いに来て同じ紅茶を百ルピーで買って行った。だから、通訳に入ってもらって、「これはどういうわけなんだ」と聞いたことがあります。すると、こういうのです。
「あなたの買った紅茶は、じつは二百ルピーの紅茶である。でも、あなたが三百ルピーで買ってくれたから、私はハッピーになって、あの女に百ルピーで売ってあげたんです」と。私が出した三百ルピーと女の出した百ルピーで、合わせて四百ルピー。「計算はピッタリ合いますよ」という返事でした。(中略)インド人は、そうした損する智慧を持っているんですね。
ひろさんの「損」がお店の人の「得」になり、お店の人もその「得」を「損」にまわした結果、百ルピーで買うことができた女性に「得」がまわって結果的に全体の豊さやハッピーにつながっていく。
それぞれが置かれた立場でできるちょうどいい損をすることが「損をする智慧」ということのようです。
禅僧は3つの言葉だけでよい
同著の中でひろさんは禅僧から聞いたお話も紹介していました。
「禅僧というのは三つの言葉をしゃべればいいんです。人が話に来るでしょう。そういうときはまず、『あ、そう』と相槌を打つ。そして相手が、こんないいことがありましたといっ
たら、『よかったね』といってあげる。いい話ではなくて、いろいろな悩みを打ち明けられたときは、『そりゃ、困ったね』と。この三語で十分です。」
ふつう私たちは人と話をしているとき、なかなか相手の話を聞いていないものです。「この次、おれは何をいおうか」と、自分のことばかり考えているから、相手の話に耳を傾けない。
でも、そうじゃなくて相手の言葉に耳を傾けて「あ、そう」「よかったね」「困ったね」といってあげること。これで十分なんですね。そしてそれが時間の布施になるのです。
なるほどー。
「時間の布施」という「損」をすることもまた全体の豊さやハッピーにつながる循環となっていくんですね。
身近なところで「損をする智慧」を使う
ちなみに、僕は「タクシーではお釣りをもらわない」という「損」を実践しています。そのために五百円玉は常に欠かせないわけですが(笑)運転手さんは喜んでくれるし、そのあとに乗車したお客さんにも喜びの波動が伝わって、結果、全体の豊さやハッピーにもつながっていく。とくにあまり感じのよくなかった運転手さん(失礼!)に実践したときの「えっ!こんなに感じが悪いのにいいんですか?」という、こころの声が伝わってくるのもまた面白い(笑)。
それぞれが置かれた立場でできる「ちょうどいい損」をすることが、全体の豊さやハッピーにつながっていく「損をする智慧」。
身近なところからちょうどいい損をしてみると、世の中が少しずつ優しくなっていくかもしれません。
参考文献 『損する生き方』のススメ(フォレスト出版) ひろさちや・石井裕之 著




















