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【vol.37】鳴海周平の全国ぶらり旅|兵庫県 宝塚市編


 大阪・梅田駅から阪急電鉄で約30分。宝塚歌劇団の発祥の地として知られる兵庫県・宝塚市は、漫画家・手塚治虫が幼少期を過ごした街でもあります。
 やわらかな春の日差しの中、桜が満開を迎えた宝塚市に「手塚治虫記念館」「宝塚ガーデンフィールズ」を訪ねました。

 今号(ぶんぶん通信2010年春号)から、表紙にその素敵な作品を紹介させていただけることになった宝塚市在住のアートセラピスト・はせくらみゆきさんに、魅力溢れる宝塚の街をご紹介いただきました。

「私は5年前に、宝塚に越してきました。主人の仕事の関係で、いろいろなところで暮らしてきましたが、ここはまるで第2の故郷のように気持ちが落ち着く街なんです。」

 阪急グループの創業者として知られる小林一三翁が開設した宝塚歌劇団の本拠地としても知られる宝塚市は、「漫画の神様」手塚治虫氏が幼少の頃を過ごしたことでも知られ「感性を育む街」として、多くの人々に影響を与えてきました。

 現在も様々な分野の人たちに影響を与え続けている手塚治虫氏の足跡を辿るべく、宝塚市の観光名所でもある「手塚治虫記念館」を、はせくらさんにご一緒いただき訪れました。

「本日はようこそお越しくださいました。ここ宝塚市は手塚治虫が5歳から約20年間過ごした街です。『自然への愛』『生命の尊さ』という手塚治虫が生涯唱え続けてきたテーマを、この記念館から感じていただけたらとても嬉しく思います。」

 そう言って笑顔で迎えてくれたのは、手塚治虫記念館の松本由美子さん。手塚マンガの1ページを再現したという館内で、手塚治虫氏ゆかりの品々や、幼少期からの貴重な作品をご紹介いただきました。

 先ず1階の常設展示室で驚かされたのは、とても小学生が書いた作品とは思えないほど、今にも動き出しそうな直筆漫画の数々!!幼い頃から非凡さを発揮していたことがうかがえます。

「当時住んでいた家には裏山があって、豊かな森や池が子供の頃からの遊び場でした。また歌劇ファンだった母親には、よく歌劇場に連れて行ってもらったようです。遊園地・宝塚新温泉内にあった動物園や植物園、昆虫館なども、感性と才能をより豊かにしてくれたのかもしれませんね。」

 11歳の頃、昆虫図鑑で見つけた「オサムシ」にあやかり、本名の「治(おさむ)」に虫をつけて「治虫」というペンネームに。

その後17歳で4コマ漫画の連載をスタートし、漫画家としてのデビューを果たします。大学卒業後は「ジャングル大帝」「鉄腕アトム」「リボンの騎士」などを立て続けに発表。漫画の神様としての地位を不動のものにしました。

「生涯で約700タイトル、原稿枚数で15万枚に及ぶ漫画を書き上げ、60タイトルを超えるアニメーションの制作をした手塚治虫は、それまで絵物語中心だった雑誌界にストーリー漫画という新しい波を起こし、当時不可能と言われていた毎週30分のアニメーション番組の放送を可能にしました。売れっ子になってからも、常に自分のスタイルに安住せず、苦しみながらも時代の流れに真正面から向かっていったチャレンジ精神こそが『手塚治虫』という人物の本当の凄さだと思います。」

 そのチャレンジ精神からか、1989年(平成元年)に60歳で亡くなるまで、天才漫画家の生涯は波乱万丈の連続だったようです。

 しかし「自然への愛と生命の尊さ」というテーマだけは、常に一貫したものとして、膨大な作品を通して訴え続けられてきたことが、館内の展示品からひしひしと伝わってくるようでした。

「青年時代に体験した悲惨な戦争体験が『自然と生命を大事にしよう』という訴えとなって、すべての作品の根底に流れているように思います。手塚治虫がその生涯をかけて伝え続けてきた『想い』を感じ取っていただけたら、こんなに嬉しいことはありません。」

 現在も後進たちに大きな影響を与え続けている手塚治虫の想いは「いつも可能性を信じ、新しい分野に挑戦し続ける」という生涯のスタンスと共に、この記念館から未来に向けて大きく広がっていくことでしょう。

 手塚治虫記念館とほぼ隣接するように建つ「宝塚ガーデンフィールズ」も、宝塚市を代表する観光名所です。

「ここは、作品のアイデアをイメージしたり、原稿を書いたりする時によく来るんですよ。特に締め切りに追われている時は、ここに来ると気持ちが落ち着きます(笑)。屋外の書斎、兼・ちょっとした隠れ家っていう感じかな。」

 はせくらさんがよく利用するというテラスは、季節の花々に囲まれた異国情緒たっぷりの素敵な空間でした。
「都会の中では季節感がどんどん失われていくけれど、ここに来れば植物から季節を教わり、心も癒される。そんな空間にしたいのです。」という、ガーデンデザイナーのポール・スミザー氏が設計・デザインした庭園には、連日多くの人が訪れます。

「ここは多様な植物が生息しているので、季節ごとの変化の様子がよくわかるんです。英国では『庭は見るだけでなく、そこに滞在して楽しむためのもの』という考え方があるらしくて、あちらこちらにベンチや石段がおいてあるのも嬉しいですよね。」

 お気に入りの場所を見つけたらちょっとひと休みが出来る、という細やかな配慮はさすが英国風。皆、読書やスケッチなど、思い思いの過ごし方を楽しんでいます。

「ここは自然の生態系をそのまま維持するために、化学農薬をいっさい使用していないんです。だからたくさんの生物たちが自然そのままに共生しています。野生のカルガモ親子も、時折り顔を見せてくれるんですよ。」

 鮮やかな緑の中でやさしい色の花が咲く春、原色系の花々から植物の力強さを感じられる夏、実や種の面白さも兼ね備えた秋、そして寒風になびきながら来るべき時をじっと待ち続ける冬。

 ガーデンフィールズの植物たちは、それぞれの季節が教えてくれる自然からのメッセージを代弁してくれているかのようです。

「私たち人間も自然の一部なんですよね。だから季節の移り変わりが確認できる場所に来ると、誰でもホッとするんだと思います。私も、自然界からのメッセージを少しでもお伝えできたらいいな、という想いを込めて作品を紹介させてもらっています。」

 はせくらさんの作品から感じる安心感、幸福感は、この庭園のように、自然や宇宙からのメッセージを、そのままアートとして表現しているからなのでしょう。

 手塚治虫氏の「自然と生命を大事にしよう」という想いと、宝塚ガーデンフィールズの「自然の生態系をそのままに」という理念。そしてご縁あるこの地で、アートセラピストとして作品を発表し続けているはせくらみゆきさんの存在。

 私たちは自然の一部であり、大きな循環の中で生かされているということを、あらためて気付かせてくれた素敵な出会いの旅となりました。

 今回のぶらり旅にあたって、手塚治虫記念館様、宝塚ガーデンフィールズ様、はせくらみゆきさんに多大なる御協力をいただきました。

 どうもありがとうございました。

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