Vol.243 7月 人生の幸福は後半にあり
人生の幸福は後半にあり
このコーナーでも何度か紹介したことがある『養生訓』。江戸時代の儒学者・貝原益軒さんが書いたこの本は、なんと300年も読み継がれている超ロングセラーです。
健幸・長寿を自ら体現した益軒さんの「健幸のコツ」を、あらためて学んでみたいと思います。
「わかき時より、月日の早き事、十ばいなれば、一日を十日とし、十日を百日とし、一月を一年として、喜楽して、あだに日をくらすべからず。つねに時日をおしむべし」
(巻第八の4)
「老後一日も楽しまずして、空しく過ごすはおしむべし。老後の一日、千金にあたるべし」(同)
「年齢を重ねるほどに時間の経過が早く感じられるようになるから、喜び楽しんで日々を暮らしなさい」という貝原益軒さんからのアドバイスです。
「歳を重ねて経験も感性も豊かになったぶん、千金にあたる毎日を過ごすことができるのだから、老後を楽しまないのはもったいない」とも述べています。
晩年の益軒さんは、この言葉のとおり、お酒をこよなく愛し、22歳年下の愛妻と一緒に各地を旅しながら200冊もの著作を書き上げています。
人生の幸福は後半にあり
そんな益軒さんの晩年期に生まれた人物に神沢杜口がいます。杜口さんは40歳頃に京都町奉行所の与力という役職を退職した後、44歳で奥さんに先立たれましたが、京都の下町に住みながら一人暮らしでの体験などをもとに『翁草』200巻を書き上げました。この著作は江戸時代を知る第一級の資料となっています。
見聞を広めるため、80歳になっても一日に5~7里(20~28㎞)歩いていたといいますから、健幸のバロメーターでもある「足腰」は相当鍛えられていたでしょう。
また、子どもからの同居の誘いにも「別々に住んで時々会う方が嬉しい心地がする」と言って、家禄を年金のように生活費としながら、借家での質素な暮らしを続けていたことも適度な緊張感として健幸に寄与していたと思います。
心身ともに健幸で、さまざまなことに好奇心を持ちながら晩年を過ごした杜口さんの生き方は、益軒さんが述べた「人生の幸福は後半にあり」そのものですね。
人生の後半を幸せに生きる3つの条件
『養生訓』の研究家としても知られる立川昭二さんは、人生の後半を幸せに生きる条件として「生活費」「健康」「生きがい」の3つをあげています。
前出の杜口さんの場合、「健康」は歩いて足腰を鍛えることで、「生きがい」は著作のため好奇心のままに見聞を広げることで実現できていたでしょう。「生活費」については質素な暮らしの中にあって、年齢を重ねたからこその心境に達していたと考えられます。
「年老ては、わが心の楽の外、万端、心にさしはさむべからず。時にしたがひ、自楽しむべし。自楽むは世俗の楽に非ず。只、心にもとよりある楽を楽しみ、胸中に一物一時
のわづらひなく、天地四時、山川の好景、草木の欣栄、是又、楽しむべし」(巻第八の23)(歳を重ねることで得た豊かな感性があれば、楽しみを外に求めなくても、自らの心の中にあることがわかる。天地万物の光景の美しさに感動し、草木の成長を愛でることにも、楽しみや幸福を感じられる)
感性が豊かになる経験を重ねながら、人生の後半を「千金にあたる毎日」にしたいものです。
参考文献
『養生訓』 貝原益軒
『貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意』帯津良一 著(朝日新聞出版)より