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【vol.90】ときめきの富士|山里の春 四月上旬 山梨県 大月市 小伊勢山より  


rokky90
 
冬を過ぎ 花の便りの来る頃は

山路を辿り花に親しむ

厳しかった冬を過ぎ

山あいの地には 光が満ちて

花咲き始め 雪の富士山 大歓迎

感謝無限大


 

富士山が教えてくれた幸運の法則 その50

◉ロッキーさん 教えておくよ

 長くお付き合いのある方から電話を頂いた。その前にメッセンジャーで感想を伝えてくれていた。
「昨夜、夜中の一時に又あのDVDを観たのさ。もう千回以上は観てるけどやっぱり最高だね。」
「それでね、写真もそうだけど画像と共に出て来る数行の説明がいつ観ても心に刺さるのさ。涙出て来たよ。もう二十年以上経つと思うけど今の時代にも十分通用するよ。」

「今のロッキーさんなら書けない様な言葉の連続だよ。これで生きて行くんだという魂がこもってる。今の言葉に魂が無いって意味じゃなくて、荒削りだけどデビューして間もない頃の情熱やら思いが伝わって来るのさ。判る?私の言ってる事。」
 私はハッとさせられた。遠慮の無い感想がズシンと胸に刺さった。そして能楽師の世阿弥に思いが至った。

◉初心忘るべからず

 世阿弥が『花鏡』に残した言葉。皆さんはどう理解しているだろうか。何があろうと始めた頃の意欲と謙虚さを忘れず、必ず夢を達成するぞという決意の言葉として捉えている人が多いらしい。
 だが世阿弥が言ったのは「舞台に立つごとに、自分はまだまだ修行が足りない未熟者だと思い知らされる」というのが真意。つまり初心とは初心者の意味。
 未熟さのままであの惨めな時代には戻りたく無いという気持ちの吐露だった。奢る事なく修行を積む事を自らへの戒めとしよう。これは重い言葉だと思う。
 私はときめきの富士の写真家を宣言してサラリーマンから転身し、今年で三十年の節目を迎えた。その間、未知の光景に出会う為に他とは違う動きで富士山の呼ぶ声を聴いて作品を発表して来た。ある程度作品も出来てきた。
 数多くの方々とのご縁を頂いた。教えられた事や無言の示唆から得た事は少しづつ身に着いて今の自分がある。だが年季を重ねるごとに初心を忘れていなかっただろうか。知識や技術や完成度を高める努力とは裏腹に、未熟だった頃の新鮮な感動や畏敬の念を忘れてはいなかっただろうか。当然それは言葉の表現にも出て来る。
 この方はそれを直感してわざわざ電話して下さった。という事はまだ私には忠告を受け入れる素直さがあると認めて下さった事だ。ありがたいなあ。今では手元に一冊しかないDVDブックを改めて開いて各ページをじっくりと観た。その方の指摘通りかもしれない。今は使う頻度が減った想いや情景描写が数行に凝縮されている。自分で見直して新鮮さが伝わって来た。
 経験を重ねる上で極めて大切な事を教えられた。通常誰もこんな事は言ってくれないはずだ。もう一度始めた頃の新鮮な感動を、今の視点に加えて富士山の景色に向かおう。
 そして私が大切にしているもう一つの格言がある。

◉『君子豹変す』

 「あんなにいい立場にいた人が欲に狂ってあんな事をするとは!人間て弱いもんだなあ。」これは典型的な間違った使い方。正しくは、過ちを指摘されたら素直に受け入れて、道を正す者こそ君子たるべし。
 長年見守っていて下さる方から貴重なアドバイスを頂いた。続けていれば完成に至るが、始めた頃の荒削りの想いを忘れるな、偉くなるなと。
 感謝して豹変しよう。富士山のお陰、ご縁を頂いた皆さんのお陰だから偉くなんかなれないしまして君子じゃ無いけど。
 

ときめきの富士 写真家 ロッキー田中

 富士山に呼ばれるときめきの富士の写真家。富士山のエネルギーと幸せを届ける現代の北斎。
 
 

 

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