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【vol.39】こころとからだの健康タイム|ゲスト 坂東 元(げん) さん〜後編〜


 動物が本来持っている生き生きとした姿を観察することができる希少な動物園として、全国的な注目を集め続けている北海道旭川市の「旭山動物園」。
 前回は、幼少の頃の想い出や旭山動物園に勤務されるまでのお話を紹介しました。
 今回は後編として、旭山動物園が「奇跡の動物園」と呼ばれるようになった経緯や、坂東園長が描く「これからの旭山動物園」などを紹介します。

坂東 元園長(以下 坂東) 僕が入園した1986年頃は、すでに旭山動物園に閉園の噂が出ていました。お客さんの数は減る一方だし、予算もほとんどつかないから古い動物舎も建て替えができない。みすぼらしく見えるものだから、お客さんはますます来なくなる(笑)。そんな状況でしたね。

鳴海 周平(以下 鳴海) 「動物園はどうあるべきか?」という根本を議論し合う会議が頻繁に開かれたのもその頃ですか?

坂東 そうですね。当時園長だった菅野浩さんや、係長だった小菅正夫さん(前園長)、飼育係の牧田雄一郎さん、あべ弘士さん(現絵本画家)らといった、野生動物にも負けない魅力溢れるメンバーが中心になって、毎回白熱した議論が交わされていました。そんな中から誕生したのが「ワンポイントガイド」です。
 飼育員は自分が担当している動物を見て、いつも「凄い!」と感激しているわけですが、お客さんにはそれがあまり伝わっていないんじゃないか。だとしたら、それはとても残念なことだから、もっと知ってもらうために動物の前で話をしようじゃないか、ということになったんです。でも今まで人前で話したことがない人たちばかりですから、最初はもうしどろもどろ。何を言っているのか本人もよくわからない(笑)。でも繰り返していくうちに何となく形になってきて、そのうちお客さんから質問をしてくれたり、何度も足を運んでいただけるようになりました。動物とお客さんをつなぐ相互コミュニケーションが実感できるようになってきたんです。予算がなくても「愛される動物園」は作れるんじゃないか、という手応えを感じた最初の体験でした。

鳴海 お客さんにとっても、今まで眺めるだけで終わっていた動物との関わり方が変わったから何度も足を運びたくなったのでしょうね。
 考えてみれば、人間は違う生き物のことについて、近年あまりにも関心を持たなくなってしまったのかもしれません。自然の一員であることに変わりないはずなのに「万物の霊長」である権利だけを都合よく主張してきたようにも思います。

坂東 おっしゃるとおり、人間も他の動物も皆自然の一員ですね。
 身近な命をしっかりと伝える、という動物園の大切な役割が、これからますます重要になってくると思います。

ヨーロッパの動物園を視察

坂東 勤務して2年目にヨーロッパの動物園を視察するツアーがあり、どうしても行きたくて役所から50万円を借りて参加しました。
 東京の人気動物園ではパンダやコアラなど、珍しい動物たちの人気が凄くて、獣舎もそれにふさわしいとても立派なものでしたから、きっとヨーロッパもそうであろうとイメージしての参加だったのですが、意外なことにどの動物も同じように普通のオリの中にいたんです。特定の動物だけを特別扱いしない、とてもシンプルな展示の仕方に驚きました。
 でも思い返してみると、確かに僕が子供の頃飼っていたカブトムシやバッタ、カマキリなども、僕にとってはすべて等しく価値があったんですよね。ただそれぞれがそれぞれの仕方で生きているだけなんです。
 そのことに気付いたら、急に力が抜けてラクになりました。旭山動物園にパンダやコアラがいないから入園者が少ないんだ、というのは間違っている。だってどの生き物も本当に凄いんだから。

鳴海 私も一度、世界一古いというウィーンの動物園に行ったことがあるのですが、本当にシンプルで驚きました。
また、動物の前に人だかりがあっても、それは必ずしもその動物を観ているわけではなくて、その場でおしゃべりをしたり、本を読んだりしているんですよね。緑豊かな自然の中でいろいろな生き物たちと空間を共有しているということを本当に楽しんでいるように思えました。

坂東 彼らにとっては、緑の中でたくさんの命に囲まれて過ごす居心地の良さこそが動物園の魅力なのでしょうね。このことはとても大きな気づきになりました。
 人止め柵がないカバ舎にも驚きました。日本だったら「万が一、子供が手を出してケガしたらどうするんだ!」と文句を言われるでしょう。でも「万が一」に縛られてしまってはとても息苦しい展示の仕方になってしまいます。
皆がルールを守って、お互いに信用し合うことができたら「万が一」は起こりにくくなるのではないか。「万が一」を最優先にするよりも、皆にルールを守ってもらうことでその先にある何かを感じてもらいたい。お客さんの手の届くところを通行する「ペンギンの散歩」は、こうした発想から誕生したものです。
 ヨーロッパの動物園を視察してきたことで「動物園はどうあるべきか?」という議論もますます白熱しました。そうした議論の中で生まれた「こんな動物園にしたいなぁ。」というイメージは「14枚のスケッチ」となり、その後の旭山動物園の基本的な設計ベースになりました。

「奇跡の動物園」と呼ばれるまで

坂東 1994年に旭山動物園は壊滅的なダメージを受けました。エキノコックス症事件が発生して、一時的に閉園せざるをえなくなってしまったんです。
 この間やることがない僕らは「ミニふれあい広場」をつくることにしました。ウサギやニワトリ、アヒルなどに直接触れることができる空間で、生きものの体温や心臓の鼓動を子供たちに感じてほしかったんです。事件の騒ぎが収まって少しずつお客さんが戻ってきましたが、それでも来園者数は26万人と最低記録を更新していました。でもそんな時でも、僕らは「何とかしてお客さんを増やしたい。」と思ったことは一度もありませんでした。ただ来てくれたお客さんが徹底的に満足してくれたらそれでよかったんです。だから今のようにバスツアーでほんの1、2時間園内を廻って帰られるお客さんを見ていると「本当に満足してくれているのかな。」とちょっと心配になりますよね。

鳴海 それまで毎日のようにおこなってきた白熱した議論の中で「身近な命をしっかり伝えていきたい」という明確なポリシーができ上がっていたから、どんな状況でもぶれる事がなかったんですね。
 それにしても、来園者数が最低記録を更新したという状況はたいへんだったのではないですか?
坂東 そんな中でも僕らはとても楽しく仕事をさせてもらっていましたが、動物園の状況はまさにピンチでしたね。施設の老朽化、エキノコックス症によるダメージ、限りなくゼロに近い予算…。
 ところが、急に風向きが変わったんです。新しい市長が動物園に対して積極的な考え方を持っていて、予算をつけてくれるというんですね。当時園長になったばかりの小菅さんはすぐに市長のところに行き、長年温めてきた構想を熱っぽく語りました。そうしたら何と「こども牧場」に1億円という予算がついたんです!あの時は本当に嬉しかったですね。「こども牧場」を作っている時には「もうじゅう館」の建て直しも決まりました。こうして14枚のスケッチがどんどん実現化していったんです。

鳴海 まさに「ピンチはチャンス」ですね。長い年月をかけて培ってきた基本理念があったからこそ、チャンスを充分に活かしきることができたのだと思います。
 実際初めて「もうじゅう館」を見た時は本当に驚きました。どこにいるのかな、と思って探していたら真上でアムールヒョウが寝ているんですから(笑)。
 この獣舎はネコ科の夜行性を活かしたものだと伺いましたが、どのようなイメージで設計されたのですか?

坂東 ヒョウもライオンもネコ科なので、昼間は寝ています。それを見たお客さんはいつも寝ているから「なんだ、つまらない」と思ってしまいますよね。それなら寝ている姿を見て「凄い!」と思ってもらったらよいのではないか、と思ったんです。ネコ科の動物は自分が上にいる時は優位に感じてリラックスできる。ストレスも少ないですから、動きも当然自然に近いものになります。お客さんはその姿を下から眺めて、ふさふさの毛並みや肉球を間近で見ることができるわけです。動物側の気持ちになってみるといろいろなことが見えてきます。
鳴海 坂東園長が子供の頃からたくさんの生きものを飼ったり、転校先で様々な体験をしたことで培われた感性が、現在の旭山動物園に活かされているんですね。(前編をご参照ください)
「相手の立場になって考える」という坂東園長のポリシーは、その後も「ぺんぎん館」や「あざらし館」「チンパンジーの森」「オオカミの森」「もうきん舎」などの設計イメージとなって、300万人という記録的な入園者数へつながりました。その様子は「奇跡の動物園」として、多くのマスコミにもとり上げられ、映画化もされましたのでご存知の方も多いと思います。
 私もたくさんの感動をいただくと共に、動物たちや自然との関わり方をあらためて考えさせられました。

坂東 動物園が人間にとって「面白い」とか「楽しい」だけで終わってしまっては、動物はただのコレクションになってしまいます。それは動物たちの命に対してあまりにも失礼だと思うんですね。
「野生動物はペットでも家畜でもない」ということ。そして「自然界の循環を体現している凄い存在なんだ!」ということを伝えるために、人間の感覚ではなく動物の立場になって展示をしています。
 旭山動物園の代名詞とも言える「行動展示」というのは、彼らの淡々とした命の営みと能力を、最大限に引き出す見せ方なんです。

生きものはすべて、自然という大きな循環の中に存在している

坂東 旭山動物園が伝えたいもう一つのことは「将来の地球環境を考える」ということです。
 温暖化などによって北極の氷が年々少なくなっていることは広く知られていますが、これは氷に巣穴を作っているアザラシが生息できない環境になってしまうということでもあるんです。そうするとアザラシを食べているホッキョクグマも絶滅の危機に瀕してしまいます。大切なのは、こうした情報がテレビなどで流れてきた時に、どの程度自分と関係のある問題として捉えることが出来るかということだと思うんですね。実際ホッキョクグマを見て感動したことがあれば、関心はいっそう強くなるはずです。つまり自分のことのように環境問題を捉える感性が育つのではないかと思うのです。同じように、キリンやゾウ、ライオンを見て感動した経験があったら、それらの動物たちの故郷にも関心をもってもらえるのではないでしょうか。

鳴海 動物園が将来の地球環境を考えるきっかけの場所になったら本当に素敵なことですね。
 坂東園長は一昨年ボルネオで多くの野生動物たちと出会ったそうですが、地球環境を考えるうえでも感じるところが多かったのではないでしょうか?

坂東 ボルネオのジャングルではテングザルやブタオザルが樹の上をひょいひょい移動しています。川にはワニがいて、空を見上げればサイチョウが飛んでいます。もうゾクゾクしましたね(笑)。まるで自分の体が森の中に溶け込んで消えてしまうような感覚に何度も陥りました。雨と太陽の光、そして空気。これだけで森のすべてが維持され、あらゆる生きものを養っている。その「命の森」に一歩足を踏み入れただけで、僕もその中の一つになってしまったように思いました。
 野生の生きものは「自分中心」ではなく「自然(全体)中心」で生きています。例えば、北海道なら北海道、日本なら日本という地域を一人の人間だと考えてみると、人間の中に無数の細胞があるように、北海道や日本にも無数の木があり、草があり、虫がいて、動物達がいて…、というふうに個々の命が全体として生かされているんだ、ということがわかります。僕はボルネオのジャングルに行ってみて「命は全体そのものなんだ」ということをあらためて実感しました。

鳴海 現地の人々は危険な生きものがいても捕獲したりせずに「ここは危険なので遊ばないように」と子供たちに教えるそうですね。日本にも昔「里山」というのがあって、山に住む野生の動物と人間が暮らす場所の中間地帯のようなもので上手に住み分けをしていたと聞いたことがあります。「個々の命が全体として生かされている」という考え方は、日本に古くから根づいていたんですね。

坂東 日本の里山は、まさに人間と野生動物が自然の一員として共生していた証です。現代では命の連鎖を実感できるような機会が少なくなってしまいましたが、動物園がそういった役割の一端を担うことができるように努力を続けていきたいと思います。
 そのためにも園内の動物たちを通して、彼らの故郷に想いを馳せることができるようなことをもっと考えていかなくてはなりません。現在様々な方からご協力をいただいている※「ボルネオへの恩返しプロジェクト」や「募金型自動販売機」は、こうした想いを実現するための手段の一つです。
「飼育している動物たちとその故郷を結ぶ架け橋でありたい」
 僕らはこの想いをこれからも少しずつ実現させていきたいと思います。

鳴海 日本という国で私たちが享受している豊かさを、少しでも恩返しできるような仕組みが実現されるよう、私どもも微力ながら活動させていただきます。
 本日はたいへん貴重なお話をいただき、どうもありがとうございました。

坂東元園長との対談〈前編〉が掲載されている「ぶんぶん通信38号」をご希望の方はフリーダイヤル
0120・8739・85までお気軽にご連絡ください。
(お申し込み時点で既に品切れの場合は何卒ご了承ください。)

坂東 元・プロフィール

1961年北海道旭川市生まれ。旭山動物園園長・獣医師。
酪農学園大学獣医学部修士課程卒業後、1986年から旭山動物園に勤務。飼育展示係長、副園長を務める。
「動物たちに本当に生き生きと過ごせる空間で生きてほしい」という動物への想いと「どうしたら人が本当にゆったりと満足してもらえるか」という人間の、両方の視点を大切にした動物園創りを目指している。

著書に「旭山動物園へようこそ!−副園長の飼育手帳・初公開写真」(二見書房)「動物と向き合って生きる」(角川学芸出版)「夢の動物園−旭山動物園の明日」などがある。

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