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【vol.44】こころとからだの健康タイム|ゲスト 中島岳志さん~後編~



 2005年に「中村屋のボース」(白水社)で大佛次郎論壇賞を受賞以来、「ヒンドゥー・ナショナリズム」「保守問答」「インドの時代」など多数の作品を著している政治学者・歴史学者の中島岳志先生。
深い歴史洞察に基づいた中島先生の「人間観」から、心と身体の健康につながるヒントを伺いました。

 前号では、中島先生のこれまでの歩みや、研究者としての道を選んだきっかけなどを紹介しました。
 後編となる今回は、研究者としての視点からみたインドという国や、ガンディ、親鸞の思想などについて紹介します。

(前編要約)
 1995年に阪神大震災、オウム真理教事件という2つの大きな出来事と遭遇した中島岳志先生。同じ年に発表された「村山談話」をきっかけに、「宗教と信仰」そして「ナショナリズムと愛国」という問題に大きな興味を抱くようになりました。
 そんな時、1915年にインドから来日したボースという人物を知ります。
 ボースは自国インドの独立を獲得するため、武力革命に必要な武器と資金を調達するべく様々な危険を冒して来日。日本軍とうまく手を結びながら道を開こうとしますが志半ばで挫折してしまいます。しかし、激動の時代の中、自らの信念を追い求めて苦悩し、葛藤し続けたボースのこうした姿は、当時のボースと同じ20代だった中島岳志先生の研究心に火を灯すこととなりました。

中島 岳志 先生(以下 中島)
 当時の僕と同じくらいの年齢だったインドの若者が、身の危険を冒しながらも自国の独立のために必死になって活動していた姿に、僕は大きく心を揺り動かされました。そして、彼の生涯を深く掘り下げることで、混迷を続ける現代が見えてくるんじゃないか、と思ったんです。
 その時から現在まで、僕のやっていることというのはまったく変わっていなくて、人間のアイデンティティ(自分は何者なのか)とか、この日本で人々が感じている生きづらさというものをどんなふうに着地させたらいいのか、ということが関心のすべてなんですね。ボースとの出会いは、僕のこうした研究テーマに「宗教」と「愛国」という2つの問題が大きく関係していることを、より明確に示してくれました。

ボースとの出会いからインドへ

中島 ボースが実際に見た風景を少しでも追体験することで、何かが見えてくるんじゃないか。そんな想いで訪れたインドでしたが、とても居心地が良くて、結局3年間も居住していました。
 おかげで、ボースのことがよりいっそう身近に感じられるようになりましたし、様々な気付きを得ることができた貴重な体験でした。

鳴海 インドはよく「好き嫌いがはっきりと別れる国」と言われますが、現在もよくお出かけになるところを見ると、先生は間違いなく「好き」の方ですね。
 香辛料がたっぷりと効いたカレーのイメージが強いインドですが、食べものも問題ありませんでしたか?

中島 はい、僕の場合は本当に体質に合っているようで、インドにいる時の方が体調は圧倒的にいいんです。お腹をこわしたこともありません。いつも滞在するヒンドゥ教や仏教の寺院は皆ベジタリアンなので、毎日ターメリックなどの香辛料がたっぷり入った野菜カレーばかりですが、きっとこうした食事もいいのでしょうね。
 日本からインドに行った時の方が身体は順応しやすくて、インドから日本に戻る時の方が順応しづらいんです(笑)。帰国して、母親の料理でお腹を下したこともあります(笑)。

鳴海 インド人はベジタリンが多い、という話は、私も知人から聞いたことがあります。「肉を食べる」ということに、何となく引け目を感じてしまう雰囲気があるらしいですね。
 中島先生は、日本でも肉を食べないのですか?

中島 北海道で言うと角が立ちそうですが(笑)、もともと羊肉は食べませんでした。加えて、インドに行ってからは牛肉も食べなくなりました。
 インド人はよく「人間はすべての欲望を抑え込むことはできないけれども、欲望に自覚的になるために何かひとつだけ欲望を止めてみる」ということをやるんです。
 例えば、期間を決めて断食をするとか、木から20年間降りていないとか、右手をずっと下げないとか、言葉を発しないとか・・・。奇人・変人・インド人みたいな人がたくさんいるんですね(笑)。これは皆、ひとつの欲望を止めることで、欲望に自覚的になるための「行」なんです。
 僕の場合は、ヒンドゥの寺院で「もう牛は食べない」と約束をしてしまってから、牛肉を食べようとすると心の中で葛藤が始まるようになりました。その時にふと「欲望に自覚的になるために、牛肉というものを止めてみてもいいんじゃないか。」と思ったのです。
 この「欲望を自覚する」ということが、この時とても重要に思えました。

鳴海 「欲望を自覚する」というのは、奥の深い言葉ですね。
 少し意味合いが違ってくるかもしれませんが、同じ「食べない」という行為でも、「健康に良いから」と思って取り組む断食と、「食べたくても食べられない」という状況下で食べられないのとでは、心身への影響は明らかに違います。
 「何かを自覚する」ということが、心と身体の方向性をも大きく左右するのでしょうね。

自己の欲望と向き合い続けたマハートマー・ガンディー

鳴海 江戸時代に書かれた「養生訓」という健康指南本には、「欲望に任せて食べ過ぎたり、寝過ぎたりしてはいけない」ということが書かれています。人間の三大欲と言われる「食欲・睡眠欲・性欲」をほどほどに抑えることが、健康・長寿の秘訣である、と言うんですね。
 欲望に自覚的になることは、心身の健康にも良い影響を及ぼす、と考えられるでしょうか。

中島 たしかにそういったことも言えるでしょうね。ただ、長生きのため、健康のために欲を抑える、となると、欲望のために欲望を抑える、という矛盾した行為になってしまうかもしれません。
 例えば、自分なりに欲望を抑えた健康的な生活リズムがあったとします。何かのタイミングで他者にそれを阻害されてしまった場合、そこには「健康を阻害された怒り」という別の「欲」が湧き起こってしまうのではないでしょうか。
 長生きや健康のために欲を抑える、というより、欲望の中に問題点があるんだということを自覚して生きる、自分の欲望と向き合うために欲望を止めてみる、ということの方が精神的な健康も保てるのではないかと思います。

鳴海 本当におっしゃるとおりですね。「自分の欲望と向き合うために欲望を止めてみる」ということが、本当の意味での「心身の健康」につながるのだと思います。

中島 「人間よ、自己の欲望と向き合え。そして反省し、真理に従って行動せよ」
 これは、インドの独立指導者・マハートマー・ガンディーの言葉です。
 ガンディーは、「インドが真の独立を果たすためには、一人一人が自己の欲望と向き合って、それを統御することが大切である」と訴えました。
 「国家としての健康」も、その国の人々が欲望と向き合うことで達成できると言うんですね。

鳴海 ガンディーと言えば、「非暴力・不服従」が有名ですが、イギリスからの支配に対して、服従せず、暴力的な解決方法もとらないで、「真の独立」を果たすためには、一人一人が「欲望」を自覚する必要があった、ということですね。

中島 少し極端な例になりますが、ガンディーは、欲望を増長させるとして、「鉄道」「弁護士」「(西洋医学の)医者」の3つを「要らないもの」に挙げています。
 「人間は自分の手足でできる範囲内だけ、行き来しなければならないように生み出されているのです」と主張し、鉄道がなければ、農作物などをより高く売れるところに売ろうとすることもないし、各地域が自然と隔離された状態になっているから伝染病も広がらない、と言いました。
 また弁護士でもあったガンディーは、自らの体験から「争いごとがなければわざわざ争いを起こし、それを大きくしようとする」と言い、弁護士が双方の欲望を煽り、対立させる要因を作っている、としています。
 医者についても、病気の多くは日頃の不摂生が原因で起こるのに、安易に薬を与えてその場しのぎをし、本人に生活態度を省みさせることをしないから、自然治癒力がどんどん弱まり、ますます薬に依存するようになってしまう、と言い、この3つが人々の欲望を増長させている、と主張しました。
 ガンディーは、自分たちが必要なものを必要なだけ作るという社会の中で、自らの欲望をきちんと抑制できることが真の独立であり、真の自由であることを説いていたのです。

鳴海 自由ということの本質について、深く考えさせられるお話ですね。
 資本主義経済においては「欲望を叶えることこそが自由だ」と思わされがちですが、ガンディーの言うように「欲望にとらわれないことが自由」と考えた方がしっくりくる感じがします。

中島 ガンディーは「欲望にとらわれることによって我々は不自由になる。ゆえに、欲望から解き放たれたとき、人は初めて自由になれる」と言いました。
 ガンディーが考えていた「自由」とは、「欲望から自由になること」であって、「欲望を自由にかなえること」ではありません。今おっしゃったように「欲望にとらわれないことが本当の自由」と考えていたのだと思います。

「よいものはカタツムリのように進むのです」

中島 インドの伝統的な農村社会では、1年のうち4ヶ月程度の「農閑期」と呼ばれる期間があります。  
 これは暑さの厳しい夏の期間のことで、本当に何もできないくらい暑いため、木陰や風通しのよい部屋の中などで、のんびりとおしゃべりや読書をして過ごすのです。
 ガンディーはこうした期間を、ものごとをじっくりと考えるために大切な時間として、とても重要視していました。
 先に述べた「鉄道」のように、不自然な速さでものごとが動くことに対して、とても違和感を持っていたようです。

鳴海 今のお話を伺って、世界的な長寿地帯である中米コスタリカのニコジャ半島のことを思い出しました。ここに暮らす人々は、まさに自然のリズムに合わせた生活で、日の出とともに畑へ出かけてお昼頃まで作業をするそうです。遅くとも午後2時には家に帰って、ゆっくりと昼食。あとはのんびりと過ごす。午後はあまり身体を動かさないから夕食は軽めに済ませて、日が沈む頃に寝る。
こうした生活をしていると、欲望もあまり湧いてこないでしょうね(笑)。

中島 数年前からムーブメントになっている「スローフード」や「スローライフ」にもつながる考え方ですね。
 現在、世界のあちこちで起きている経済や食料、エネルギーなどの様々な歪みは、自然界のスピードをないがしろにして、人間の都合で速さだけを重要視してきたツケなのかもしれません。
 僕の好きなガンディーの言葉に「よいものはカタツムリのように進むのです」というものがあります。不自然な速さに惑わされずに、原点に立ち返って、じっくりと考える時間が必要なのかもしれませんね。

鳴海 「よいものはカタツムリのように進むのです」とは、良い言葉ですね。ゆっくりだけれども、確実に進んで行く、というイメージが描けます。

中島 実際にガンディーは、カタツムリのようにゆっくりと、しかし確実に行動を起こしていきました。最たるものは「塩の行進」でしょう。
 イギリスからの独立機運が高まってきた時に、ガンディーは民衆と一緒に海岸まで歩いて行って、塩を作りました。完全独立に向けて意気込んでいた他の政治指導者たちは、皆拍子抜けしてしまったようですが、自然からの恵みである塩をイギリスから高い価格で買わされていた民衆にとっては、とてもわかりやすい行動でした。ガンディーが最低限のものだけを身につけたみすぼらしい姿でひたすら歩き続け、海岸で塩を作っている姿に、多くの人々が共感し、数十万人規模の大きなムーブメントになったのです。
 不当な法令が出された時や、人々が争いを止めない時には、何日間にも及ぶ「断食」もしました。
 また、チャルカーという糸車をまわす運動を始め、製綿産業の復興を目指しました。機械に依存し過ぎている社会を「物欲の奴隷になっている」と批判し、「手足を使うことにこそ真の幸せがあり、そこにこそ健康がある」と言って、ひたすらチャルカーをまわし続けたのです。
 これらはいずれもガンディー一人から始まった行動ですが、すべて大きなムーブメントに結びついています。こうしたことによって、カタツムリのようにゆっくりですが、確実にインドは独立に向けて動き出していったんです。
 彼が遺した「My life is my message(私の生涯が、私のメッセージです)」という言葉は、理論ではなく、実際に自らの身体を使って行動してきたガンディーだからこそ重みを持つのだと思います。

バラバラでいっしょ

中島 実は、日本にもこうした考え方を持って、人々と向き合った宗教家がいます。親鸞という人です。
 彼もまた、農民と共同生活をして一緒に田植えをしながら、共同体的なものの中で念仏の世界を創りあげようとしました。
 僧職にあるものは欲望を持ってはいけない、というそれまでの日本仏教界の常識の中で、欲望と真摯に向き合っていったのです。食欲や性欲といった欲望で人類が存続していることは紛れもない事実。そうであれば、欲と向き合って、それを自覚することが大切だと説いたんですね。

鳴海 親鸞と言えば「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」という「悪人正機」の思想が有名ですね。この言葉は、よく「善人でさえ往生できる(極楽にいける)のだから、悪人が往生できるのはあたりまえ」と解釈されています。
 私が読んだ仏教の本には、自らの善行(良い行い)によって極楽に行けるのが「善人」、「悪人」とはそれ以外の人のことで、自らの善行によってというよりも、阿弥陀仏という「他力」によって救われる人、と書かれていました。

中島 「善人」は自らの行ないを「良い」と思っている人、ともとらえることができるかもしれません。ただ、「善人」には、「自分は良い人間だ」という自覚がありますから、なかなか自分の欲望とか非力さに目を向けようとはしません。いっぽうで、「悪人」と定義されている人は自分の欲望とか非力さをよく自覚しているわけです。でも、自分ではどうしたらよいかわからない。そういった人たちをこそ、阿弥陀仏という絶対的な「他力」は救ってくださるのだ、という教えなのだと思います。
 自分は阿弥陀仏(他力)によってしか救われない、と心のどこかで「自覚」しているということは、親鸞が言った「欲と向き合うこと、欲を自覚すること」につながっているのではないでしょうか。
 親鸞自身が、妻を娶るという、当時の僧籍にあるものとしては許されなかった行為をしているのも、欲望と真摯に向き合って悩んだ末に辿り着いた答えだったのでしょう。

鳴海 親鸞もガンディーと同じように、人間の「欲望」とか「罪」といったものと真剣に向き合っていたんですね。

中島 二人はとても似ているところがあるように思います。
 ちなみに、英語では法律上の罪を「crime」、人間存在自体の道徳的な罪を「sin」と区別しています。人間は生きているだけで、食べるという行為によって他の生命をいただいているわけですし、エネルギー源として地球の資源を使っている、ある意味罪深い存在なんです。こうした、存在していること自体に、ある種の罪(sin)が付着しているということを、どこかで認識していることがとても大切だと思うのです。「自分の力で何でもできる」と勢い込んでいる人は、もっと「悪人」の自覚を持った方がいいですね(笑)。

鳴海 先日、伊勢神宮の祭事に参加する機会がありまして、そこで宮司さんが「神様は自分の中にも、植物にも、すべての中にいる。だから、神様というのは私たちそのものなんです」とおっしゃっていました。
 伊勢神宮を見て西行法師が詠んだという「なにごとかおはしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる(どんな神様がいらっしゃるのかわからないけれども、ただただ涙が溢れるほどにありがたい)」という歌からも、神や仏が人間の本質にあって、欲望や罪を抱えていてもその存在は尊いのだ、ということが感じられますね。

中島 日本の神道では「八百万の神々」といって、世の中すべてのものに神が宿っているとしています。いっぽうで、一神教と言われる宗教では、神様は一人です。でも、突き詰めていくとけっきょくは同じことを示しているんじゃないか、という気がするんですね。
 以前、瀬戸内寂聴さんと対談させていただいた時に、「本当に宗教を極めたら、全部の教えがいいのよ、って言えると思います。」とおっしゃっていました。
 ガンディーも、「世界の多なるものは、絶対的な一なるものの個別的な表れ」ということを言っています。山へ登るにはいろいろな道があって、その登り口の違いばかりに目がいってしまいがちだけれども、目指す頂上は一つだと。「宗教とは同じ場所に到達するための別々の道だ」と言ったのです。
 ガンディーも親鸞も、欲望と真剣に向き合う中で、真理の唯一性と、そこに至るまでの複数性(宗教など)に気付いたのではないでしょうか。
 仏教的にいえば「多即一、一即多」で、わかりやすく言えば「バラバラでいっしょ」という言葉になると思います。

鳴海 近年、仏教書の中でも突出して読まれている「歎異抄」は、親鸞の教えを記したものですし、ガンディーのメッセージも、国や時代を超えて多くの人たちに語り継がれています。
 両賢人が自己の欲望や罪と必死で向き合い、自分自身の内側を突き刺すことで紡ぎ出された言葉だからこそ、現代の私たちの心の奥底にも深く響いてくるのでしょうね。

今、いのちがあなたを生きている

中島 京都で大学院生時代を過ごしたのですが、最近、久しぶりに京都に帰って京都駅前の東本願寺の前を通ったら「今、いのちがあなたを生きている」という法語が掲げられていて、大切な言葉だなと感じました。
 「絶対的な一なるもの」の中で、すべての命はつながっていて、人間はその中の一部の表れにしか過ぎません。ということは、私という命が今を生きている、のではなく、命という絶対的なものがたまたま私という姿を持って表れているだけなのです。宇宙で永遠に続いていく命のつながりの中で、非常に限定性を持った存在が人間だということですね。

鳴海 人間は「身体」という究極の限定性を持ちながら、永遠の命の表れとして生きている。とても本質的なことに気付かせてくれる言葉ですね。

中島 「身体」が限定性を持ったものであることから、自らの死も、身近な人の死も避けて通ることはできません。
 僕は2年前に大切な友人を亡くしました。編集者だった彼とは、原稿をチェックしてもらいながら、ああでもない、こうでもない、といつも議論を交わしたり、相談にのってもらったりと、本当にかけがえのないたくさんの想い出を共有してきました。彼がいなければ、現在の僕は存在しなかっただろうと思います。
 そんな大切な友人が亡くなってしまい、僕は本当に大きなショックを受けました。
 でも、それからなんです。原稿を書いていると、斜め後ろから僕の原稿をチェックしている彼の気配を感じるようになったのは。僕の心の中で、死者となった彼が実在しているんですね。
 特に締め切りに追われて原稿を書き飛ばしている時などは、彼のまなざしがとても気になるんです。「まあ、このぐらいでいいかな」と思って書いている時なんかは、目線がとても厳しい。彼と僕の言葉にならない会話が交わされる瞬間です。
 僕は彼の存在を通じて、自分自身と向き合い、原稿を書き直します。死者になった彼は、気付けば傍に居て、僕が誤魔化して生きないように、そっと声をかけてきてくれるんです。これは、彼が生きている時にはなかったことです。
 生きている時には不可能だった透明な関係が、死者と生者という関係になったとたんに生み出される。これは「新しい出会い」ではないかと思うんですね。
 わだかまりなんて存在しないし、生きている時にはなかなか言えなかった「ごめんね」も「ありがとう」も言える。心と心でつながることができるんです。
 この新しい出会い、新しい関係は、「死」というものがけっして絶望や喪失だけではないことを教えてくれました。
 死者とのコミュニケーションを通じて、僕たちはもっと豊かな人生を送ることができる。今はそう思っています。

鳴海 大切な人の死は本当に辛いことですが、「新しい出会い」と考えることができたなら、少しずつでも「新しい関係」が築いていけそうですね。
 人間という有限な身体の中に宿る、宇宙の無限のいのちを感じました。
 今日は素晴らしいお話をいただき、どうもありがとうございました。

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