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【vol.24】辻和之先生の健康コーナー|肝の病証と治療 〜前編 実証編〜


 東洋医学では、肝は、気の流れを通じて感情の調節をしたり、自律神経系によって体全体の機能を順調に調節する働きもしますので、西洋医学における肝臓とは、全く別の臓器であると考えてください。
【肝の病証】肝の病証は、虚実に分類されます。今回は実証について述べたいと思います。

(A)滞りが原因(巡りの悪さが機能障害を来す場合)と(B)生体機能が異常亢進した病態に分けられます。

 肝の疏泄機能(気を伸びやかに巡らす作用)が失調して、気の流れが鬱滞した状態です。感情の抑圧や怒りが原因になります。肝気鬱結(肝気の滞り)となり、抑鬱状態(精神的な落ち込み状態)、ため息をよくついたり、イライラしたり、怒りやすくなったり、感情の起伏が激しくなったりします。女性では、生理痛(張ったような痛みは肝が関係します。)、月経異常を生じます。伸びやかに巡っていた気が滞るのですから、気滞が生じた部位には、膨満感や疼痛が生じます。特に肝経に沿った、張ったような痛みを生じます。

 肝経とは、(陰部〜下腹部〜胸郭〜乳房〜咽喉〜眼の奥〜舌根部〜唇の裏〜前額部〜頭頂部)を指します。

 過敏性腸症候群の下痢、腹満、腹痛も肝が関与します。咽喉部に肝気が停滞し、痰飲(津液の流れが悪くなる状態)が加わると、梅核気(梅干しが喉もとで支えたような感覚)を生じます。肝気が鬱結し(流れが悪く)、消化器系に悪影響を与えることがあります。そのことを肝気横逆といい、脾の機能が低下する肝脾不和と胃の機能が低下する肝胃不和を生じ、悪心、嘔吐、食欲低下、下痢、腹痛を起こします。具体的には、ストレスで食欲が低下したり、下痢したりする現象などが挙げられます。

 肝気鬱結の治療には、疏肝理気(肝気を疏し、気を理める=気の巡りを良くし、精神・情緒を安定させ、リラックスさせ、気持ちを晴れ晴れとさせる事と自律神経の機能を調整する事)を行います。生薬としては、柴胡、鬱金(日本のウコンと異なります。日本のウコンは、姜黄のことを指します。)、青皮(ミカンの未成熟果皮)、香附子、延胡索、蘇梗(紫蘇の茎の部分)、烏薬などを用います。エキス剤としては、逍遙散合温胆湯(逍遙散〈柴胡、当帰、白芍、茯苓、白朮、甘草、生姜、薄荷〉と温胆湯〈半夏、陳皮、甘草、竹茹、枳実、生姜、大棗〉の合方)、柴胡疏肝散(四逆散〈白芍、柴胡、枳殻、甘草〉に香附子・川弓を加えたもの)、加味逍遙散などを用います。喉もとが支えたような梅核気では、半夏厚朴湯〈半夏、厚朴、茯苓、蘇葉、生姜〉を用います。生理が一定しない場合や生理に関連して張ったような痛みが胸、下腹部、腰にあり、生理時に情緒不安定になる場合には、女神散、加味逍遙散、定経湯(当帰、白芍、熟地黄、山薬、茯苓、菟絲子、柴胡、荊芥穂)を用います。前述しました肝脾不和の治療には、食欲の低下が著しい脾虚が顕著な場合、痛瀉要方(白朮、白芍、陳皮、防風)、エキス剤として六君子湯+半夏厚朴湯、加味逍遙散+香蘇散を用い、気滞(気の巡りが悪い)や疼痛の顕著のものには、柴胡疏肝散(柴胡、枳実、白芍、甘草、香附子、川)、エキス剤として四逆散+平胃散を用います。湿の顕著な場合には、柴胡疏肝散+胃苓湯(蒼朮、厚朴、陳皮、甘草、桂枝、白朮、沢瀉、茯苓、猪苓、生姜、大棗)、エキス剤として加味逍遙散+胃苓湯を用います。

 肝気の疏泄作用が長期間にわたることにより血の巡りが悪くなる(血お)病態。症候 : 顔色は青黒く、くすんだ感じ脇の下が詰まる感じや痛み、舌質 : 暗紅、症状 : 痛みの特徴は、刺すような痛みで夜間に強くなる。処方は、血府逐お湯(当帰、生地黄、川弓、赤芍、桃仁〈桃の種〉、紅花、柴胡、枳殻、帰郷、牛膝、甘草)   
 寒邪が肝経に侵入し、肝の疏泄機能が失調し、気血が滞り、強い痛みを生じます。下腹部痛や肝経は、生殖器を絡んでいますので、睾丸痛や月経期に下腹部疼痛があり、温めると痛みが軽減します。処方は、生理痛、生理前の下腹部痛、手足の冷えに温経湯(呉茱萸、当帰、川弓、白芍、人参、桂枝、阿膠、牡丹皮、生姜、半夏、麦門冬、甘草)や下腹部痛や睾丸の痛みには、暖肝煎(肉桂、小茴香、茯苓、烏薬、枸杞子、当帰、沈香、生姜)などを用います。

 湿熱の邪が肝経に滞り、脇痛、口苦、黄疸、倦怠感などの症状が出現します。肝炎や胆嚢炎の病態を指します。処方は、茵陳蒿湯、大柴胡湯、小柴胡湯+茵陳蒿湯を用います。

 激怒による肝気暴張(肝気が爆発しそうな勢いの状態)や肝気鬱結が、長く続くと、熱を生じ、火となって、肝火が上逆して特徴的な症候を呈します。舌質は、紅で、舌苔は、黄になります。症状としては、赤ら顔、目の充血、目眩、耳鳴り、口苦感、激しい頭痛など顔面に熱症状として現れます。

 治療法としては、清肝瀉火(肝によってもたらされた熱を冷やす)を行います。生薬としては、肝火を瀉す(肝によってもたらされた火を消す)龍胆草、清肝作用(肝の熱を冷やす)のある黄ごん、山梔子(クチナシの実)、夏枯草などを用います。頭痛、眩暈(めまい)を生じたときは、石決明(アワビの貝殻)、釣藤を用います。目の充血には、決明子、菊花、桑葉などを用います。

 処方としては、龍胆瀉肝湯が代表的です。黄連解毒湯や三黄瀉心湯なども用いられます。

 肝腎の陰液が不足して、肝陽を制御できなくなると、相対的に肝陽が亢進し、陽気が上方に浮動します。陽気には温性があり、強まると熱性を持つようになりますので、以下の症候を呈します。舌辺が紅になります。症状としては、頭がわずかに張って痛む、目がかすむ、まぶしく感じる、軽い吐き気を感じる、耳鳴り、不眠、口舌乾燥などです。

 治療としては、生薬は、釣藤、天麻、白芍、石決明、羚羊角などの平肝薬、生地黄、枸杞子、女貞子、亀板(亀の甲羅)、天門冬、麦門冬などの滋陰剤(津液を補い、潤す作用がある薬)、牡蛎、石決明などの潜陽薬(肝陽上亢を鎮める薬物で、脳や自律神経の興奮を鎮める)が用いられます。

 処方としては、陽気が強い時は、天麻釣藤飲(天麻、釣藤鈎、石決明、山梔子、黄ごん、牛膝、杜仲、益母草、桑寄生、夜交藤、茯神)、エキス製剤では、釣藤散と大柴胡湯を合方します。陰虚が強い場合は、杞菊地黄丸(枸杞子、菊花、熟地黄、山茱萸、山薬、茯苓、沢瀉、牡丹皮)を用います。エキス剤では、六味丸に釣藤散を加えます。肝陰虚(肝の陰液不足)に腰がだるい、足の火照りなど腎陰虚の症状が加わったら、知柏地黄丸(知母+黄柏+六味丸)、左帰丸(熟地黄、山薬、山茱萸、牛膝、菟絲子、鹿角膠、亀板膠)左帰飲(熟地黄、山薬、山茱萸、枸杞子、炙甘草)を用います。

 肝火上炎も肝陽上亢も陽気が優勢な症状が出現しますので、症状が似ているかのようでありますが、相違点を把握して鑑別する必要があります。以下に表1を挙げました。

 肝気の滞りが長時間にわたると、熱を持ち、火に転じたりすると、あるいは、熱邪が肝経にこもって肺に侵入したりすると、肺陰を消耗して、肺の陰液不足をもたらす。肝は、疏泄(特に肝から肺へ上方向に気を巡らせる)を主り、肺は、粛降(下方向に巡らせる)を主ります。この両者が協調することによって正常な健康状態を作り出します。もし肝火が上昇して肺の粛降が損なわれると、気逆(気の逆流)を起こし、激しい咳をします。肝は、目に開竅しますので、肝火が上昇すれば、目が赤くなります。頭に上れば、イライラして怒りやすくなります、

 症状としては、胸部や肋部が脹れるように痛む、激しい咳嗽、イライラ、口中の乾燥と口苦感、目の充血などです。処方には、柴胡疏肝散と瀉白散(桑白皮、地骨皮、粳米、甘草)を用います。(滋陰降火湯や滋陰至宝湯、竹茹温胆湯、黄連解毒湯)などに(柴陥湯や柴朴湯、柴胡清肝湯、龍胆瀉肝湯)などを合方します。

 肝火上炎、肝陽上亢などが極まり、肝腎の陰液が過度に不足したため、肝陽が肝腎の陰液で養われなくなり、肝陽が風と化して上方に流れ込むことによって生じます。症状が突発的に始まり、病状が急速に変化することを特徴としています。症状としては、激しい眩暈や頭痛、頸の後方のこわばり、四肢の痙攣や麻痺、耳鳴り、顔面神経麻痺、昏睡、意識障害などです。脳の興奮に伴う症候と考えられ、脳血管障害の前駆症状のことがありますので、注意を要します。治療は、平肝熄風(肝を平夏、風を熄ませる)をする。生薬としては、天麻、釣藤、羚羊角、地龍(ミミズ)、全蠍(サソリ)、僵蚕(かいこ)、蜈蚣(ムカデ)などの熄風薬、及び菊花、石決明、珍珠母、龍骨、牡蛎などの平肝潜陽薬、地黄、白芍、阿膠、亀板、磁石などの育陰潜陽薬、黄連、黄ごん、大黄、山梔子などの清熱解毒薬が用いられます。処方としては、釣藤散、抑肝散、鎮肝熄風湯(竜骨、牡蠣、亀板、牛膝、代赭石など)を用います。


プロフィール

医療法人和漢全人会花月クリニック
日本東洋医学会専門医
医学博士 辻 和之

昭和26年 北海道江差町に生まれる
昭和50年 千葉大学薬学部卒業
昭和57年 旭川医科大学卒業
平成 4年 医学博士取得
平成10年 新十津川で医療法人和漢全人会花月クリニック開設
日本東洋医学会 専門医
日本糖尿病学会 専門医
日本内科学会  認定医
日本内視鏡学会 認定医

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