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【vol.39】辻和之先生の健康コーナー|糖尿病について 《その5》


今回は、糖尿病の合併症の細小血管症のうち糖尿病性神経症についてお話ししましょう。


【糖尿病性神経症の症状】(図1)
 高血糖によって神経の働きに異常が生じる病気が糖尿病性神経症です。
最も多い症状(多発性神経障害)は、両足または両手のほぼ同じ場所に起こるシビレや痛みです。徐々に上方に進行します。具体的な症状は、足の指先の違和感、足底に紙が貼りついた感じ、正座したあとのような足のしびれ、さまざまなパターンの痛みなどを訴えます。通常、足先から左右対称性に現れ、しばしば夜間に増強し睡眠の妨げとなります。ストッキング状に拡大するのが特徴です。手にも同様の症状が現れる場合もありますが、出現したとしても手の症状は通常足に比べて軽度です。

 感覚神経障害として、手足のしびれや痛みの他に痛さや熱さに鈍くなることがあります。その場合、怪我や火傷をしてもそれに気づかず治療が遅れて、*「足の壊疽」のような重症の病気に進行してしまいかねません。

 感覚神経のほか、自律神経も障害を受けやすい神経です。自律神経は、体の状態を最適に保つために体温や血圧、脈拍、胃腸の活動などをコントロールしている神経です。自律神経の働きが乱れると、下痢や便秘を繰り返す、立ちくらみしやすい、尿意を感じにくい、排尿に時間がかかる、低血糖に気づきにくい、発汗の異常、ED(勃起障害)など、さまざまな症状が起こり得ます。

 糖尿病自体による自覚症状は、かなりの高血糖になると利尿作用を生じ多尿や口渇を来します。したがってかなり進行しないと高血糖自体による症状が出現しないため、発見が遅れることがあります。実は糖尿病による神経障害は、多尿や口渇が出現するほどの高血糖状態より軽度な状態から出現することがありますので、左右対称な足のしびれなどの神経障害を自覚した際には、糖尿病を疑って調べてみる必要があります。ただし同様な神経症状を来す整形外科疾患、神経内科疾患は除外する必要があります。

 糖尿病性神経症は、発症の仕方によって次のように分類されます。
【糖尿病性神経症の発症の仕方による分類】
●急性発症:眼筋麻痺、尺骨神経麻痺、腓骨神経麻痺など
●亜急性発症/治療後有痛性神経障害(特徴/長期間高血糖状態で放置されていた糖尿病を急に治療した1〜3ヶ月後に亜急性に発症する。やせた男性に多く、疼痛や電撃痛のため不眠、食欲低下、鬱状態に陥ることがある。予後/平均1年で痛みが取れるが、約7割の例で網膜症が悪化するので、定期的な眼底検査が必要)
●慢性発症/多発性神経障害、自律神経障害、筋萎縮など

【糖尿病性神経症の原因】
 糖尿病性神経症は、高血糖状態による種々の代謝障害(*ポリオール代謝、糖化蛋白、酸化ストレス)や血管の閉塞によって生じます。
【*ポリオール代謝異常】
 ブドウ糖が還元されてできたアルドースが神経細胞にたまるポリオール代謝異常によるものです。(アルドース還元酵素は、体内に存在している酵素で、ふだんはあまり働かない酵素なのですが、血糖値が高くなると突然働き出し、体内にある余分なブドウ糖に作用して、ソルビトールを作り出します。ソルビトールは、リンゴ、ナシなどの果物や海藻類などに含まれている糖アルコールと呼ばれる物質で、虫歯になりにくい甘味料としても利用されています。一方、ソルビトールは元来体内にも存在しているので、少ない量では人の健康に害を与えることはありません。高血糖が続くと細胞内に貯まっているブドウ糖を減少させようとアルドース還元酵素が働き始め、ソルビトールが多量に作り出されるため、細胞内にソルビトールが蓄積され障害が起こるとされています。
 アルドース還元酵素は、末梢神経、網膜、水晶体、脳、肝臓、膵臓、赤血球、副腎などで多く存在することが認められています。つまりこのような細胞(臓器)は糖尿病の合併症が出やすいところであり、アルドース還元酵素の存在するところと一致しています。
 糖尿病性神経症の分類、原因、症状をまとめてみますと表1のようになります。

【診断と治療の方法】
 末梢神経障害は、自覚症状とアキレス腱反射が保たれているかどうか、神経伝導速度測定などによって診断します。アルコールを多飲している患者さんでは、アルコール性末梢神経障害が重なっている場合があり注意を要します。

 治療は血糖コントロールを良好にすることに尽きます。HbA1cは6%以下(できれば、5・7%以下の優の状態)にすべきです。進行している例では改善に時間がかかりますが、根気強く取り組むことが必要です。末梢神経障害の治療は、自覚症状による苦痛を和らげることが第一目標ですが、末梢神経障害による足の潰瘍や壊疽の出現を予防することも大事な治療目標です。足や足の指の観察が、最も有効な足病変の予防法です。

 心臓や血圧や胃腸の働きは、自律神経によって調節されています。自律神経は、運動や緊張時に脈拍数を増やしたり、起立時に脳への血流を保ち、食事内容に応じて胃腸の運動も調節しています。高血糖によって自律神経が障害されると、脈拍数が固定化したり、狭心症の症状が非典型的となり、痛みを生じにくくなったり、食べても胃は動かずもたれたり、下痢や便秘が続いたりします。排尿がスムーズにいかなくなったり、残尿が増えるなどの*「神経因性膀胱」が疑われれば、泌尿器科の診察を受ける必要があります。神経因性膀胱があると尿路感染症の危険が増しますので、定期的排尿やカテーテルを用いた治療を行う場合があります。ED(勃起障害)は、障害の程度を把握してバイアグラかシアリスを試みます。自律神経障害そのものの治療は、末梢神経障害と同様に血糖コントロールが第一です。しかし、徐々に進行した自律神経障害そのものを急速に改善することは一般に困難です。そのため、自律神経障害による二次的な事故を防ぐことが重要な治療目標になります。

 自律神経障害として狭心症の症状が典型的でなくなる無痛性心筋虚血(無痛性心筋梗塞)を来す事があり、胸痛などの自覚症状を来たしにくく、手当てが遅れて深刻な状態になりますので、糖尿病性神経症の存在が疑われる方や、糖尿病性網膜症や腎症などの合併症を伴っている方には定期的に負荷心電図を行い、心筋虚血の早期発見に努める必要があります。起立性低血圧(立った時に血圧が下がってふらつく)であれば、夜間や朝の起床時、トイレや入浴後はゆっくりと立ち上がるようにします。自律神経障害が進んでいるような糖尿病の患者さんは、高血圧となっていることが多いので、起立性低血圧だからといって血圧を上げる薬剤は通常用いません。

 また、経口血糖降下薬やインスリンで低血糖が起きた場合に、典型的な低血糖症状が現れなくなる無自覚低血糖も自律神経障害による障害ですので、注意を要します。


プロフィール

医療法人和漢全人会花月クリニック
日本東洋医学会専門医
医学博士 辻 和之

昭和26年 北海道江差町に生まれる
昭和50年 千葉大学薬学部卒業
昭和57年 旭川医科大学卒業
平成 4年 医学博士取得
平成10年 新十津川で医療法人和漢全人会花月クリニック開設
日本東洋医学会 専門医
日本糖尿病学会 専門医
日本内科学会  認定医
日本内視鏡学会 認定医

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